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東京地方裁判所 昭和47年(行ウ)148号 判決

原告

岡林清英

右訴訟代理人

荒井新二

外一名

被告

右代表者

中村梅吉

右指定代理人

宝金敏明

主文

被告は原告に対し金三二九万二、一二〇円及びこれに対する昭和三七年四月一日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は二分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

事実

一  当事者の申立〈省略〉

二  原告の請求原因

1  原告は大正一一年五月会計検査院に就職し、引き続き在職の後、昭和二三年一一月二七日同院を退職し(以下、第一次退職という)、即日衆議院に就職し、同院の常任委員会専門員として、昭和三七年三月三一日勧奨により退職(以下、第二次退職という)するまで引き続いて在職した公務員である。

2  原告は右のとおり国家公務員として三九年一一ケ月在職し、勧奨により退職したのであるから、原告の退職手当は、第二次退職当時の給与月額金一〇万九、六〇〇円に国家公務員等退職手当法第五、第六及び第七条を適用し算出すると、金六五七万六、〇〇〇円となる。

3  しかるに原告は第二次退職の際、衆議院から退職手当として金三一八万三八八〇円、さらに昭和四七年九月一九日金一〇万円、右合計金三二八万三、八八〇円を受領したに過ぎない。

4  よつて、原告は被告に対し右退職手当の差額金三二九万二、一二〇円及びこれに対する第二次退職の翌日である昭和三七年四月一日以降完済に至るまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三  被告の答弁及び抗弁〈省略〉

四  原告の答弁及び再抗弁

〈前略〉

2 即ち前記のとおり、原告は第二次退職当時被告から退職手当金六五七万六、〇〇〇円の支給を受けうる権利を取得した。しかるに被告は、退職手当法、退官退職支給準則等の退職法規の解釈適用を誤り、原告の第二次退職の際には、金三一八万三、八八〇円を支給するに止まつた。そこで原告は、第二次退職の後程なくした昭和三七年九月三〇日、被告を相手方として東京地方裁判所(民事一九部)に、前記退職手当金六五七万六、〇〇〇円から既支給分を差引いた金三三九万二、一二〇円の内金一〇万円の支払を求める訴訟(昭和三七年(行)第一〇二号退職手当金一部請求事件)を提起した。右訴訟では、事実関係については当事者間に争なく、専ら前記退職法規が争点となつたが、同裁判所は、昭和四〇年六月三〇日原告の請求を全面的に認容する判決(原告が被告に対し退職手当差額分金三三九万二、一二〇円の支払を求める権利がある旨を理由中に判断し、内金一〇万円の支払を命ずる旨の主文)を下した。被告は、右判決を不服として東京高等裁判所(第三民事部)に控訴の申立(昭和四〇年(行コ)第三四号事件)をしたところ、同裁判所は、昭和四三年四月二六日、右控訴を容れ原告敗訴の判決を下した。そこで原告は最高裁判所に上告(昭和四三年(行ツ)第六六号)した結果同裁判所は、昭和四七年七月二〇日、原判決破棄、控訴棄却の判決を下し、前記東京地方裁判所の判決どおり原告の勝訴が確定した。本件は右明示的一部請求(前訴)における残部請求である〈後略〉

理由

一原告主張の請求原因1の事実は当事者間に争ない。しかして原告が第二次退職によつて、被告に対し金六五七万六、〇〇〇円の退職手当債権を有することについては、被告もこれを認める(権利自白)ところである。その後同請求原因3のとおり、原告が被告から合計金三二八万三、八八〇円の退職手当を受領したことは当事者間に争ない。しからば他に特段の反証もない以上、原告は被告に対し退職手当差額金三二九万二、一二〇円の債権を有するというべきである。

二被告は、右債権につき消滅時効を主張し、原告はその起算日を争い更に時効の中断があつたとして抗争するので判断する。

1  国家公務員であつた原告の本件退職手当金債権は、会計法三〇条により五年間の消滅時効に服するものであり、右時効は原告が退職した日の昭和三七年三月三一日から進行を開始するものと解する。この点に関する原告の主張は採用できない。

2  ところで原告が被告に対し、退職手当差額金三三九万二、一二〇円の内金一〇万円と明示し、その一部請求訴訟を消滅時効完成前であつた昭和三七年九月三〇日に提起したこと、右訴訟が原告主張の再抗弁四2のとおりの経過で原告の勝訴となつたことは当事者間に争なく、本件残部請求訴訟が、右前訴確定後六ケ月以内に提起されたものであることは本件記録上明白である。

3(イ)  明示的一部請求の場合、残部請求にその既判力は及ばないとするのは、判例上確立された見解といえる。しかしこのことから直ちに既判力の及ぶ範囲と、時効中断の効力の及ぶ範囲とが常に同一である乃至同一であらねばならぬとする見解には疑問がある。そもそも時効制度は、当事者保護のために認められたものではなく、法的安定の要請から設けられたものであり、時効の完成により当事者の受ける利益、不利益は単なる反射的効果にすぎないといえるものである(もつとも法的安定の要請は、挙証困難の救済、権利の上に眠つている者の保護拒絶といつた当事者の利害面とも関連しているが、)ところ、時効中断は、右時効制度の存在理由を否定し、そこにおいて真実の権利関係を維持するといつた当事者保護を目的としたものといえるから、時効中断の事由については、前記時効制度の趣旨を没却しない限り、個々の事情を考慮し、出来うる限り広く認めることが望ましいというべきである。この見解は原告の引用する最高裁判例の近時の傾向にも窺われるところである。

(ロ)  民訴二三五条は、時効中断の生ずる場合、その時点を定めたにすぎないと解しうる余地がある。もつとも時効中断事由を広く認めるとしても、民法一四九条にいう「裁判上の請求」については、本来その権利を訴訟物とする訴の提起という形の権利主張をいうものと解すべきであるから、右中断事由に準ずるものとしては、その形式、実質においてこれに匹敵、類似するものに限らざるを得ないであろう。

(ハ)  〈証拠〉によれば、原告の前記前訴は一部請求と明示してなされたものではあるが、右訴訟においては、まず退職法規の解釈につき司法判断がなされれば、それに基いて原告の退職手当総額が計算上当然算出されるといつた関係にあり、この場合、原告が右算定総額のうち、現に請求している金一〇万円を除いた残額につき、これを放棄するとの確定的意思を有していたとは認められず、更にその意思がいずれとも不明であるとされるような特段の事情も窺われないのであるから(右認定を左右する証拠はない)、右前訴には原告の退職手当総額についての権利主張も当然なされているものと解するのが相当であり、一方右一部請求を容認する判決をするためには、その請求部分を包含する全請求債権の存在の確認が前提とされていたものと認められる(右認定を左右する証拠はない)。

(ニ)  本件においては、被告側に、時効制度の二次的要請ともいうべき残額消滅の挙証困難といつた事態は想定し難い。

(ホ)  同一債権の一部が訴訟で争われているものの、残部についてはその権利主張がないとし消滅時効にかかるとするのは常識にも反する。

(ヘ)  いわゆる試験訴訟の弊害(常に訴訟の相手方が不利益を受けるから弊害のみであるとはいえない)に関しては、消滅時効の面からというよりも、訴権乱用による訴却下、不当抗争による損害賠償義務、訴訟費用の負担義務等といつた面からの規制が筋であると考える(裁判所の審理の負担増については、前訴に争点効を認めるといつた対応策が考えられる)。

4  以上を綜合すれば、原告の前記前訴における権利主張には、本件残額債権についての権利主張も継続してなされていたものと解するのが相当であり、右権利主張は「裁判上の請求」としての時効中断の効力は有しないまでも、右訴訟係属中継続して時効中断の効力を有し、右訴訟終結後六ケ月以内に本件残部請求訴訟を提起したことにより時効中断の効力が維持されたものとしての、いわゆる「裁判上の催告」の効力があると解すべきである。

三よつて本件退職手当残部債権三二九万二、一二〇円の消滅時効は、前記一部請求訴訟及び本件訴訟の提起により中断し、いまだ完成しないことになるから、原告の被告に対する右退職手当金三二九万二、一二〇円及びこれに対する退職の日の翌日である昭和三七年四月一日以降完済に至るまで、民法所定の法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める請求は理由があるのでこれを認容することとし、なお訴訟費用の負担については、原告が前訴において請求の拡張という方法によらず、本件残部請求訴訟を提起したものである点を考慮すれば、民事訴訟法九〇条に則り、訴訟費用を二分し、その一を原告の、その余を被告の負担とさせるのが相当である。

よつて主文のとおり判決する。

(根本久)

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